「王宮の経営者」読売新聞【編集手帳】
古代中国、殷(いん)の紂(ちゅう)王が象牙(ぞうげ)の箸(はし)をあつらえたとき、叔父の箕子(きし)は嘆息した。次は箸に似合う玉(美しい石)の器を欲しがるだろう。
さらには器に似合う山海の珍味を、食卓に似合う豪華な衣装を、ついには衣装に似合う宮殿を欲しがるだろう。箕子の憂いは現実となり、王の放逸と暴虐の末に殷は滅びた。
バーカウンター。サウナ。ベッドルーム。ダイニングキッチン。ジャグジー付きの浴室。いまの世に専制君主並みの贅沢(ぜいたく)があるはずもないが、公開された英会話学校「NOVA」の社長室には王宮のミニチュア版といった趣がある。
総工費7000万円、月々の家賃270万円は会社が負担してきたという。講師に給料を満足に払わない経営者が宮殿に住まっていては、経営破綻(はたん)という形で業界最大手の王国が滅びたのも道理だろう。
先日の小欄でNOVAの前社長と対比し、実業家小林一三の志に触れた。宝塚歌劇の生みの親でもある。社長室の贅に目がチカチカした読者諸氏の目薬がわりに、“象牙の箸”と対照をなす挿話を引く。
小林は毎月、歌劇団発行の雑誌に随筆を寄せたが、原稿はいつも広告チラシの裏に書いた。「物を大切にすることを無言のうちに教えて下さった」と、編集部員だった作詞家の岩谷時子さんが回想録に書いている。王宮の経営者には真似(まね)できまい。
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