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DATE: 2007/11/01(木)   CATEGORY: コラム
「耐火偽装」毎日新聞【余禄】

「焼家(やきいえ)」という言葉がある。広辞苑にものっているが、今は忘れられた言葉だ。江戸時代から明治にかけて土蔵造りや瓦屋根の家に対し、火事になればすぐ焼ける家をこう呼んだ。いつ焼けても構わない、はなから焼けるのを想定して作った家というふくみもある。

 

借家暮らしの庶民に焼いて困る家財もなく、復興景気が働き口を生む火事は「江戸の華」といわれた時代のことだ。大家はいつ焼けても惜しくない家しか作らず、大店(おおだな)は土蔵以外の焼失に備えてすぐ組み立てられる店の木組みを木場に用意していた。

 

明治初めの調査では東京の家屋の半数以上は「柿葺(こけらぶき)」と呼ばれる火のつきやすい薄板張りの屋根だ。なかには「紙瓦葺」というのもある。和紙を燃えやすい松脂(まつやに)で塗り固めたらしく、まさに「焼家」だ(小木新造著「東亰(とうけい)時代」講談社学術文庫)。

 

そんな「焼家」が死語になったのは、防火・耐火が都市と建築の基本になる大転換があったからだ。明治時代創業の耐火、断熱材のパイオニアといえば、この日本の都市と建物の難燃化と共に歩んできたメーカーのはずだ。その企業が耐火用建材の性能偽装に手を染めていたという。

 

当の建材メーカー「ニチアス」のトップは昨年秋には性能偽装を知りながら、公表もせずに問題の建材の出荷を続けていた。偽装建材はすでに10万棟で使われてしまったという。その住人らはむろん江戸の庶民とは違って自分の家が燃えやすいなどとは夢にも思っていないはずである。

 

今後、偽装建材を使用した建物の改修にかかる膨大な費用は、ニチアスが負担せねばならないだろう。広がる火の手は企業の存続すら脅かそう。それも経営そのものが不正の延焼を食い止めようともしない「焼家」だったせいだ。

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