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DATE: 2008/01/07(月)   CATEGORY: コラム
「交通事故死者減少」毎日新聞【余禄】

日本で初めて自動車による死亡事故が起きたのは、1907年のことだ。実業家の大倉喜七郎が所有する車を工員4人が乗り回し、東海道の平塚付近で電柱に衝突して全員即死した。当時、東京の自動車登録台数は16台だった。

 

日本で車が走り始めてから既に8年たっていたが、警視庁はこの年から、自動車に関する規則を制定して取り締まりに乗り出す。一定幅以下の道路での走行を禁止し、時速制限も設けた(「警視庁史」明治編)。

 

日本のこの100年は、車の持つ利便性と危険性という二面性に社会が振り回されてきた歴史でもある。警察や行政は、歩道や信号などの設備、法律や取り締まりの強化などハード、ソフト両面で事故防止に取り組んできたが、なかなか追いつかないのが現状だった。

 

60年には、「交通戦争」の言葉が流行語となる。同年の全国の交通事故死者は1万2000人を超え、日清戦争での日本人の死者に迫ったことや、交通遺児や後遺症を残す悲惨さによって、戦争に例えられた。80年代にも「第2次交通戦争」があった。

 

その交通事故死者が昨年、54年ぶりに6000人を割った。9月に改正道路交通法が施行されるなど飲酒運転の厳罰化が進んだことが影響したという。法改正に伴い、役所や企業が飲酒運転をした者に厳しい処分を科すようになったことも、抑止力となったのだろう。

 

ただし発生件数は10年連続で80万件を突破し、負傷者も9年連続で100万人以上を記録しており、手放しでは喜べない。飲酒運転や危険運転への法的対応や取り締まりをさらに強めてドライバーの意識を向上させ、社会全体で封じ込めていくことが必要だ。

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