人には名前がある【編集手帳】
映画監督の山本嘉次郎は通行人の役など“その他大勢”の役者も、一人ひとり名前で呼んだ。「青い服の君、少し右に」などと指示する助監督を、「人には名前があるのだ」とたしなめたという。
できそうで、できない。道行く人々から挨拶(あいさつ)される古代ローマの有力者も相手の名を思い出すのには苦労し、「ノーメン(=名前)クラトール(=世話役)」と称する記憶係を従えていた。
米国のブッシュ大統領もそういう係をそばに置きたかったに違いない。日本の報道機関と会見し、「コイズミ」は4回、「アベ」も口にしながら、ついに「フクダ」の名は出ず、「いまの首相」でお茶を濁したという。
アウン・サン・スー・チーさんの名前を何度も間違え、サルコジさんの名前には演説草稿にふりがなを振ったと伝えられる人である。“その他大勢”と考えたわけではなく、ただ単純に覚えられなかったのだろう。
誰にも苦手はあるから映画監督の記憶力は望まないが、忘れてほしくない名前がひとつある。母親の切ない訴えを聴いて、目を潤ませた日のことは大統領も覚えておいでだろう。「メグミ」という。
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