ホタル【天声人語】
はかなげではあるが、ホタルの光はどこか艶(なま)めかしい。水のほとりで、ひそやかに明滅して揺らぐ。せせらぎを包み込むように夏の闇は深く、人の姿はシルエットに沈む。〈ゆるやかに着てひとと逢(あ)ふ蛍の夜〉桂信子。
ホタル前線、と近年は呼ぶそうだ。夏の深まるなか、ホタルの初見が列島を北上していく。4月の沖縄に始まり、5月末に京都を過ぎて、今は本州の最北あたりか。岩手・宮城内陸地震の被災地でも、淡い光が飛び交っていることだろう。
高度成長の時代には、開発や農薬に追いつめられた。夏になっても光は飛ばず、「ホタル狩り」は死語になった。やがて、反省をこめて保護活動の灯がともる。かいあって各地で、里山の原風景がよみがえっている。
ホタルの里をつくろうと交流する「サミット」もある。毎年開かれ、今年は山口県下関市に6市町が集まった。幻想的なゆえだろう。古人はホタルを人の魂になぞらえてきた。参加した自治体も「人のひかり」と「ホタルのひかり」の共存をめざすそうだ。
「蛍」と題する巻が『源氏物語』にある。光源氏がホタルをたくさん捕らえてきて、姫君のいる暗がりへ放つ。その明かりで姫の横顔を浮かび上がらせる――。ホタルの光で読書に励んだ中国の故事に比べ、わが平安貴人は雅(みやび)そのものである。
ホタルの語源には、「星」と「垂る」が合わさったという説もあると聞く。夜の川面に乱舞する図は、なるほど天の川を想像させる。はかない星々は、私たちに、地球のはかなさを語りかけているようにも思われる。
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