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【産経抄】95歳までの知的生活
2017.04/19 (Wed)
渡部昇一さんのベストセラー『知的生活の方法』を読んだのは、大学生時代である。読書の技術から、カードの使い方やワインの飲み方まで、大いに「知的」な刺激を受けた。ただ、実践には至らなかったのが、40年たった今でも悔やまれる。渡部さんによれば、「知的生活」の原点は、旧制中学での恩師との出会いだった。佐藤先生の英語の授業がなかったら、英語学を一生の仕事にすることはなかったという。先生の自宅を訪ねると、英語の本はもちろん、天井まで和漢の書物が積んであり、全て読了していた。
「佐藤先生の如(ごと)く老いたい」。渡部少年の願いは十分かなえられた。77歳のとき、2億円を超える借金をして家を新築し、友人たちを驚かせた。巨大な書庫には、なんと和洋漢の本15万冊が収蔵されている。80歳を超えてからも、ラテン語の名文句や英詩の暗記を欠かさず、「記憶力自体が強くなった」と豪語していた。
ただ渡部さんには、佐藤先生のような「平穏な知的生活」は、許されなかった。広範な読書と鋭い洞察力に裏付けられた評論活動は、しばしば左翼・リベラル陣営から激しい攻撃を受けてきた。渡部さんは、「自由主義を守る」との信念のもと、一切怯(ひる)むことはなかった。
正論メンバーでもあった渡部さんの訃報には驚いた。雑誌『正論』の4月号で論文を拝見したばかりだったからだ。「アングロサクソン文明圏の先進性」の観点から、トランプ米大統領を論じ、日本の進む道を示す内容だった。
昨年刊行したばかりの『実践・快老生活』には、こんな記述がある。「九十五歳くらいまで歳(とし)を重ねれば死ぬことさえ怖くなくなる」。86歳の渡部さんにとって、あと10年近くは「知的生活」が続くはずだった。
産経新聞 2017.4.19
