言語の支配から解放【春秋】
人間を言語の支配から解放する。五輪にはそんな力があるらしい。柔道で金メダルを決めた投げ技。試合後に録画映像を見て、谷本歩実選手が思わず「すごい」と口にしていた。自分自身の姿に素直に感嘆する「自画自賛」は清々(すがすが)しい。
水泳の北島康介選手が世界新記録と金メダルを同時に手にした瞬間には客席で狂喜乱舞するアナウンサーが映った。普段は冷静を保つ言葉の職人が、何やら意味不明の音声で叫んでいる。マイクを向けられた北島選手は「すいません、何も言えねえ」と涙目で沈黙。うまく言語を操れなくなった人の表情は美しい。
もともと言葉を話さない動物の世界はどうだろう。旭川の旭山動物園が年に1度開く「夜の動物園」が始まった。開園時間を夜9時まで延ばし、フクロウやヒョウなど夜行性の生き物の生態が見学できる。今年の目玉は「オオカミの森」。月を仰ぎ見て遠吠(ぼ)えする姿が感動的だ。言語を超えた情念が伝わってくる。
私たちが日々の職場や教室で奇声を発したり、自慢したり、返事をしなかったりすれば仲間に嫌われるだろう。気づかないうちに、人間は言葉に縛られて生きている。ごく自然に驚き、喜び、叫び、黙る――。それは野性に返る快感なのかもしれない。言語を使って考え行動する人の心を、北京の興奮が解き放つ。
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