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DATE: 2008/09/24(水)   CATEGORY: コラム
日本とメキシコ400年【余禄】

「外国船、房総半島で遭難 乗客ら317人を救出」。そのころ新聞があれば、大きな見出しが1面に載っただろう。ともにスペインの植民地だったフィリピンからメキシコに向かう帆船が嵐で難破し、乗客が現在の千葉県御宿町にたどり着いたのは1609年9月30日だった。

 

どこかもわからない陸地に上がった被災者を村人は温かく世話した。「彼らは私たちのことを気の毒に思ってくれ、女たちは泣き出すほどだった。日本人は非常に同情心が強いようだ」。助かった様子をフィリピン総督、ロドリゴ・デ・ビベロが書き残している

 

徳川政権が成立した直後で、家康はビベロと会い、銀鉱山の技術を高めるためメキシコから技師の派遣を頼んだ。ビベロは日本寄港許可を求め、条約交渉が始まった(ビベロ「日本見聞記」大垣貴志郎訳)。

 

来年の400周年を記念して、メキシコ人歌手がオペラ「夕鶴」を全国各地で公演した。内外あわせて600回以上も上演され、日本を代表するオペラだ。不慣れな日本語で熱唱するのを聞き、「音楽に国境なし」を再確認した。

 

メキシコで暮らすバイオリニスト、黒沼ユリ子さんが企画し、総監督として日本語の意味や情景を細かく教えた。イタリアのオペラをアジア人が原語で歌うのは当たり前。世界中の歌手が日本語オペラに取り組む第一歩になってほしい。

 

福田康夫首相は5月、外交演説で「太平洋を内海に」と提唱した。「気宇壮大」と自賛した約束もきょうの辞職で消えてしまう。心配することはない。太平洋をはさんだ隣の国とのつきあいは、遭難者を助けた住民や夕鶴公演を支えた市民のように普通の人が担っていく。【余禄】

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