政治家の寡黙は困る【春秋】
「け」に対し「く」と返す。最も短い日本語の会話である。山形県最上町で開いた「日本再発見塾」で、秋田県出身の作家、塩野米松さんが教えてくれた。「食べなさい」「食べます」の意味だ。日本語の豊かさと膨らみを再発見する。
長くしゃべると雪が口に入ってしまうから、と聞く。「け」と「く」だけのやりとりは、例えば囲炉裏端の老夫婦のしみじみとした情景を連想させる。短い言葉に万感がこもっている。小林秀雄賞を受賞した免疫学者の多田富雄さんのエッセー集「寡黙なる巨人」もそうだ。一語一語に万感をこめて刻んだ文章だ。
多田さんは脳梗塞(こうそく)で右半身が不自由で声も出ない。突然の受賞を知らされて2時間後の記者会見に車いすで現れた。お洒落(しゃれ)な赤い蝶(ちょう)ネクタイ姿。左手の指で、パソコンのような機械のキーをたたく。「小林秀雄は私の批評体験ではなく美学体験の原点。大変うれしい」と電子音が響く。「渾身(こんしん)で書いている」とも。
そこから絞り出される言葉は重い。一方で政治家の言葉の軽さが指摘される。が、政治は刃の代わりに言葉を使った戦いだ。寡黙は困る。言葉を尽くして説明してほしい問題が多い。党首討論が嫌いにみえる民主党の小沢一郎代表は、口べたな東北人を自認する。でも政権を目指すなら、堂々たる討論を願いたい。【春秋】
| ホーム |