「秋高し」と「秋深し」と【余禄】
「痩馬(やせうま)のあはれ機嫌(きげん)や秋高し」は村上鬼城の句だ。天高く馬肥ゆる秋なのにやせた馬に温かなまなざしを注ぐ鬼城である。馬は貧しい農民のたとえともいわれる。日本列島のきょうは高気圧に覆われ、「秋高し」「天高し」の秋晴れになるところが多そうだ。
天が高い秋は、古代中国では北方の異民族の馬が肥え、農地の新穀を狙って南下する不安の季節でもあった。だが唐の詩人・杜審言(としんげん)は辺境の防衛にあたる友に「秋高くして塞馬(さいば)肥ゆ」と、とりでの馬も肥える時分だとの励ましの詩を贈った。
この詩句がいたく気に入り、馬ばかりか人の食欲まで礼賛する慣用句にしたのが日本人である。もっとも今季は日本人にも、中国人にも、頭上の空の高さより、沈む足元が不安を呼ぶ秋となった。その底の深さが果てしなく思えたからだ。
暴落を続けていた各国の株式市場は、米欧当局が金融機関への公的資金投入に踏み切ったことでようやく急反騰を見せた。しかし翌日のニューヨーク市場は小幅ながら反落、東京市場は終値では続伸したものの不安定な値動きを見せている。
金融危機はひとまず恐慌のがけっぷちでとどまった。しかし、今年のノーベル経済学賞に決まったP・クルーグマン米プリンストン大教授もいう「景気後退は長引く」との悲観の材料には事欠かない。株価も先の急落からの急騰で底を打ったのかどうか、市場の見方は分かれる。
どうやら株価の「秋高し」は当分望めそうにはないが、底の見えない「秋深し」は勘弁願いたい。悲観主義もみんなが思い詰めれば、その悲観が現実になる市場だ。ここは少しでもやせ馬の上機嫌にあやかってはどうだろうか。【余禄】
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