ムンバイ同時テロ【余禄】
ペルシャにいたゾロアスター教(拝火教)の信徒らが西インドに上陸した時のことだ。インドの王はミルクを満たした杯を示し「国はこのようにあふれんばかりなので亡命はあきらめてほしい」と言った。教徒の賢者は杯にひとつまみの砂糖を入れて言った。
「私たちはこのように国に混じり、甘くしてみせましょう」。「パールスィー」と呼ばれるゾロアスター教徒たちは、その後インド社会にとけ込み、少数だが独自の文化を守ってきた(小磯千尋ほか著「世界の食文化・インド」農文協)。
ムンバイはそのパールスィーをふくめ東西のあらゆる宗教の人々が共存し、通商で繁栄してきた街である。インドを代表するタージマハル・ホテルもパールスィーの富豪が創業した高級ホテルだが、その炎上する写真が世界に衝撃を与えた。
ムンバイ市中心部のホテルやターミナルなど十数カ所での銃撃や爆破による同時テロの死者は日本人1人をふくむ100人以上にのぼった。20人以上ともいう武装集団についてはイスラム過激派を思わせるグループ名の犯行声明も出ている。
亡くなった津田尚志さんは液化ガス施設視察の出張中に襲撃に巻き込まれた。あまりの不運に言葉もない。しかし武装集団にすれば世界からビジネスマンが集まるインド経済の心臓部を狙い撃ちすることで、政治的なアピールを図ったのだろう。
犯人らが何者であれ、暴力の恐怖によって人々の間に憎悪や不安の壁を作り出そうという狙いは明らかだ。だが、古くから互いに異文化を砂糖のようにとかし込み、繁栄のミルクを分かち合ってきたムンバイ市民である。人を隔てるテロの毒に屈することはあるまい。【余禄】
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