たけのこ村【余禄】
一点の埴輪(はにわ)が、災いから守ってくれたのかもしれない。高さ28センチの武人の素焼きだ。埴輪の命ともいえる目は、竹べらで一刀のもとにくりぬかれていて涼しい。
95年の阪神大震災で、寝ていた布団ごと飛ばされるような揺れを体験した。棚に飾った花器類はことごとく床にたたきつけられ、粉々に壊れた。幸い大きな被害を免れ気がつくと、ただ一つ武人が棚にあって前を見据えていた。
埴輪は岡山県倉敷市郊外の「たけのこ村」で暮らす知的障害を背負った青年がつくった。村では知的障害者たちが竹の子の根っこのように互いにつながり、励ましあって畑を耕し、埴輪や備前焼を制作して自給自足している。
広島県呉市の中学校で養護学級を担当していた藤岡博昭さんが開村を決意したのは、73年の石油ショックのころだ。当時、教え子たちが、はがき一枚の通告で次々と勤め先を解雇されていた。「安心して働きたい」。教え子の切実な訴えに教職を辞め、障害者が自立できる村づくりを選んだ。
いつの時代も景気が悪くなると真っ先に首を切られるのは、こうした弱者だ。いま「派遣切り」の嵐が席巻している。厚生労働省によると、春までに8万5000人の非正規雇用者が職を失うという。ただ東京・日比谷公園の「派遣村」のように政治や行政を動かすうねりも出始めている。
「一杯の水を与えられるよりも、自分たちで井戸を掘ろう」。32年前やむにやまれず発足させた「たけのこ村」は世界不況でも、たくましく生きている。「命を慈しみ、障害者の年老いた親たちや健常者とも共生し、共に歩みたい」。藤岡さんの、81歳の覚悟は、あの埴輪の目に似て涼しい。【余禄】
95年の阪神大震災で、寝ていた布団ごと飛ばされるような揺れを体験した。棚に飾った花器類はことごとく床にたたきつけられ、粉々に壊れた。幸い大きな被害を免れ気がつくと、ただ一つ武人が棚にあって前を見据えていた。
埴輪は岡山県倉敷市郊外の「たけのこ村」で暮らす知的障害を背負った青年がつくった。村では知的障害者たちが竹の子の根っこのように互いにつながり、励ましあって畑を耕し、埴輪や備前焼を制作して自給自足している。
広島県呉市の中学校で養護学級を担当していた藤岡博昭さんが開村を決意したのは、73年の石油ショックのころだ。当時、教え子たちが、はがき一枚の通告で次々と勤め先を解雇されていた。「安心して働きたい」。教え子の切実な訴えに教職を辞め、障害者が自立できる村づくりを選んだ。
いつの時代も景気が悪くなると真っ先に首を切られるのは、こうした弱者だ。いま「派遣切り」の嵐が席巻している。厚生労働省によると、春までに8万5000人の非正規雇用者が職を失うという。ただ東京・日比谷公園の「派遣村」のように政治や行政を動かすうねりも出始めている。
「一杯の水を与えられるよりも、自分たちで井戸を掘ろう」。32年前やむにやまれず発足させた「たけのこ村」は世界不況でも、たくましく生きている。「命を慈しみ、障害者の年老いた親たちや健常者とも共生し、共に歩みたい」。藤岡さんの、81歳の覚悟は、あの埴輪の目に似て涼しい。【余禄】
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